ITリーダーのための「心理的安全性」の高め方|Googleが証明した最強チームの作り方と実践術
「優秀なエンジニアが、突然『もっと成長できる環境へ行きたい』と退職届を持ってきた」「スプリントの振り返り(レトロスペクティブ)で発言が特定のメンバーに偏り、重要なリスクが事後報告でしか上がってこない」
IT現場のリーダーであるあなたは、今このような状況に焦りや不安を感じていませんか?
かつての私も、全く同じ悩みを抱えていました。チームを良くしようと必死になるほどメンバーは沈黙し、トラブルは隠蔽される。しかし、Googleが数百万ドルを投じて証明した「プロジェクト・アリストテレス」の結論は、私たちが目指すべき「最強チーム」の正体が、単なる個人の能力の集積ではなく、「心理的安全性」という土台の上にあることを明らかにしました。
心理的安全性は、決して「仲良しグループ」を作ることではありません。それは、IT現場の生産性を最大化するための、最も合理的でシビアな戦略です。この記事では、私が現場で培った経験と科学的根拠に基づき、明日からあなたのチームを変えるための具体的な実践術をお伝えします。
なぜあなたのチームは「沈黙」するのか?IT現場で心理的安全性が欠かせない理由
会議での沈黙や、トラブルの報告が遅れるといった現象。これらはメンバーの性格の問題ではなく、チーム内に「心理的負債」が蓄積しているサインです。
心理的安全性とは、エイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「対人関係においてリスクを取っても安全であるという共通の信念」を指します。IT現場において、メンバーは常に以下の「4つの不安」と戦っています。
- 無知だと思われる不安:「こんな初歩的な質問をしたら、技術力がないと思われるかも」
- 無能だと思われる不安:「ミスを報告したら、評価が下がるかも」
- 邪魔だと思われる不安:「忙しそうなリーダーに相談したら、迷惑かも」
- ネガティブだと思われる不安:「設計の懸念点を指摘したら、空気を壊すかも」
特にコードレビューや設計会議において、これらの不安が勝ると、メンバーは「沈黙」を選択します。対人リスクを恐れて生じる『沈黙』こそが心理的負債となり、最終的にはプロジェクトの破綻や優秀な人材の離職という形で表面化するのです。心理的安全性が欠如した状態では、どんなに優れた開発手法を導入しても、チームの真の力は発揮されません。
Googleが導き出した「最強チーム」の条件|心理的安全性の本質と5つの要素
Googleは2012年から「プロジェクト・アリストテレス」という大規模調査を行い、180以上のチームを分析しました。その結果、チームの生産性に最も影響を与えていたのは「誰がメンバーか」ではなく「チームがどう協力しているか」であり、その中心に心理的安全性があることを突き止めました。
Googleは、成功するチームの条件として以下の5つの要素を挙げています。
- 心理的安全性:弱みを見せ合い、リスクを取れる。
- 相互信頼:質の高い仕事を時間内に仕上げる。
- 構造と明快さ:役割、計画、目標が明確である。
- 仕事の意味:メンバー一人ひとりが仕事に意味を感じている。
- インパクト:自分の仕事が組織に貢献していると確信している。
ここで重要なのは、心理的安全性と他の4つの要素は「土台と建物」の関係にあるということです。心理的安全性という土台がなければ、相互信頼も構造の明快さも、その真価を発揮することはありません。
【実践】ITリーダーが明日からできる心理的安全性を高める3つのアクション
理論は理解できても、「具体的にどうすればいいのか」が最も難しいポイントです。私が現場で導入し、劇的な効果があった3つのアクションを紹介します。
1. リーダーによる「脆弱性の開示(Vulnerability)」
心理的安全性のトリガーを引くのは、リーダーであるあなたの「弱さ」です。リーダー自らが完璧ではないことを認め、「実は私も、前回のスプリントで判断を迷い、結果的に手戻りを出してしまったことがある」といった具体的な失敗談を共有することで、メンバーの対人リスクの壁が崩れます。
2. 仕事の「フレーミング」の再定義
仕事を「実行の場」ではなく「学習の場」として定義し直します。「このプロジェクトは未知の技術要素が多い。だからこそ、全員の気づきや失敗からの学習が必要だ」と宣言してください。これにより、ミスは「能力不足」ではなく「システムを改善するための貴重なデータ」へと変換されます。
3. 好奇心のモデル化(ポストモーテム文化)
トラブルが起きた際、「誰がやったか」ではなく「なぜ起きたか」に集中します。IT現場では、障害報告を「ポストモーテム(事後検証)」として扱い、属人化させない仕組みを作ることが重要です。リーダーが「面白い、なぜそのバグが起きたのか詳しく教えてくれ。再発防止のヒントになりそうだ」と好奇心を持って接することで、報告のハードルは劇的に下がります。
| 場面 | 安全性を下げるNGワード | 安全性を高めるOKワード |
|---|---|---|
| ミスが起きた時 | 「なぜこんなミスをしたの?」 | 「何が起きたか教えて。どう改善できるかな?」 |
| 意見を求める時 | 「何か意見はある?(沈黙)…ないね」 | 「君の視点から見て、懸念点はどこにある?」 |
| 相談を受けた時 | 「それくらい自分で考えてよ」 | 「相談してくれてありがとう。一緒に考えよう」 |
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】:1on1の最初の5分を、業務報告ではなく「最近、何に困っているか」を聴くことに徹してください。
なぜなら、多くのリーダーは「解決策を提示しなければ」と焦り、メンバーの話を遮ってしまいがちだからです。まずは「あなたの話を聞く準備がある」という安全な場を提供すること。この小さな積み重ねが、数ヶ月後のチームの透明性を劇的に変えます。
「ぬるま湯」にしないために|心理的安全性と「高い要求水準」を両立させるコツ
ここで一つ、ITリーダーが陥りがちな誤解を解いておかなければなりません。心理的安全性とは、決して「甘やかし」や「要求水準を下げること」ではありません。
エドモンドソン教授は、「心理的安全性」と「仕事への責任(Accountability)」は、互いに補完し合う関係にあると説いています。
- 心理的安全性が高く、責任が低い:「ぬるま湯(Comfort Zone)」
- 心理的安全性が低く、責任が高い:「不安(Anxiety Zone)」※多くのIT現場がここ
- 心理的安全性が低く、責任も低い:「冷淡(Apathy Zone)」
- 心理的安全性が高く、責任も高い:「学習・高パフォーマンス(Learning Zone)」
ITリーダーであるあなたが目指すべきは、メンバーが安心して発言でき、かつコード品質の維持や納期遵守といったプロフェッショナルとしての高い責任(Accountability)にコミットする「学習ゾーン」です。心理的安全性を高めることは、厳しいフィードバックを避けることではありません。むしろ、「最高のプロダクトを作るために、お互いに率直な意見(フィードバック)をぶつけ合っても、人間関係は壊れない」という信頼関係を築くことなのです。
心理的安全性とは、アットホームで居心地が良い場所のことではない。それは、互いに高い要求を出し合い、激しい議論を戦わせても、誰もが「自分は受け入れられている」と確信できる状態のことである。
出典: High-Performing Teams Need Psychological Safety – Harvard Business Review, 2017
まとめ & CTA (行動喚起)
ITリーダーにとって、心理的安全性を高めることは、チームの「沈黙」という最大のリスクを回避し、エンジニアの創造性を解き放つための最優先事項です。
- 心理的安全性は成果のための戦略であると認識する。
- リーダー自らが脆弱性を見せ、安全な場のトリガーを引く。
- 高い要求水準(責任)とセットで運用し、学習ゾーンを目指す。
まずは明日、チームメンバーにこう問いかけてみてください。「最近、仕事を進める上で『もっとこうすればいいのに』と感じていることはないかな? どんな小さな懸念でもいい、君の視点が必要なんだ」
あなたのその一言が、最強チームへの第一歩となります。
参考文献
- The five keys to a successful Google team – Google re:Work
- Building a psychologically safe workplace – Amy C. Edmondson, TED
- 『恐れのない組織――心理的安全性、学習、革新が育つ現場』エイミー・C・エドモンドソン著, 英治出版


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