コーチングとカウンセリングの違いとは？部下のメンタルを守る「使い分け」判断基準

「昨日の1on1で、部下に『これからどうしたい？』と聞いたら、急に黙り込まれてしまった……。その沈黙に焦り、『何か言わなきゃ』と無理に励まして、かえって表情を曇らせてしまった。」

上司として部下の成長を願い、良かれと思って質問を投げかけたのに、相手の反応が鈍い。それどころか、かえって表情が曇ってしまった。そんな経験をして、「自分の関わり方が間違っていたのではないか？」と冷や汗をかいたことはありませんか？

その焦り、痛いほどよく分かります。実は私もかつて営業課長としてプレイングマネージャーをしていた時代、同じ過ちを犯しました。元気のない部下を励まそうと「君ならできる！」と声をかけ続け、結果として彼を休職に追い込んでしまったのです。

あの時の私に欠けていたのは、「コーチング（攻め）」と「カウンセリング（守り）」の使い分けという視点でした。そして、心理的安全性の作り方を理解していなかったことも大きな要因でした。

この記事では、辞書的な定義の違いではなく、「今、目の前の部下にどちらのアプローチが必要か」を、部下の表情や勤怠から即座に判断するための基準をお伝えします。

あなたが部下のメンタルを壊してしまう前に。そして、あなた自身が「どこまで踏み込んでいいのか」という迷いから解放されるために。現場で使える「判断の物差し」を手に入れてください。

なぜ「励まし」が逆効果なのか？脳科学で見る違い

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メンタル不調時は脳の扁桃体が暴走し、理性的判断ができない。この状態で未来を問うコーチングはストレスを増幅させるため、まずはカウンセリングで脳を鎮静化させる必要がある。

多くの管理職が陥る最大の罠。それは、「部下が弱っている時こそ、ポジティブな未来を見せて励ますべきだ」という誤解です。

なぜ、不調時の部下に「目標」や「未来」を問うコーチングが逆効果になるのか。それは精神論ではなく、脳のメカニズムで明確に説明できます。

脳が「猛獣に襲われている」状態

強いストレスやメンタル不調に陥っている時、人間の脳内では「扁桃体（へんとうたい）」という部位が過剰に興奮しています。これは「闘争・逃走反応」を司る部位で、いわば脳が「目の前に猛獣がいる」と認識して警報を鳴らし続けている状態です（扁桃体ハイジャック）。

この時、理性的な思考や判断を司る「前頭前野」の機能は著しく低下しています。

ここで、コーチング的な質問（「どうなりたい？」「何ができる？」）を投げかけるとどうなるでしょうか？
それは、猛獣に追われて必死に逃げている人に向かって、「君の将来のビジョンは？」「もっと速く走るための計画は？」と問い詰めるようなものです。

相手は「それどころではない！」とパニックになり、さらに追い詰められてしまいます。これが、良かれと思った励ましが部下を沈黙させる正体です。

まずは「カウンセリング（傾聴・受容）」によって扁桃体の興奮を鎮め、脳を「安全な状態」に戻すこと。未来の話をするのは、その後でなければなりません。

【チェックリスト付】コーチングかカウンセリングか？現場での判断基準

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部下の「勤怠」「表情」「発言」に異変を感じたら、それはSOSのサイン。直ちにコーチング（指導）を止め、カウンセリング（傾聴）モードに切り替えるべき具体的な基準を示す。

では、現場で部下を目の前にした時、どうやって「今の脳の状態」を見極めればよいのでしょうか？
専門家でなくとも判断できる、具体的なサインがあります。これを「トリアージ（選別）・チェックリスト」として活用してください。

即・カウンセリングモードに切り替えるべき「3つのサイン」

以下のサインが1つでも見られたら、業務指導やコーチングは一旦ストップし、徹底して「聴くこと」に徹してください。

1. 勤怠の乱れ（身体のサイン）
   • 遅刻や早退が増えた。
   • 突発的な有給休暇（当日欠勤）がある。
   • 残業が異常に増えている（または極端に減った）。
2. 表情・態度の変化（非言語のサイン）
   • 表情が乏しく、能面のようになっている。
   • 身だしなみが乱れている（寝癖、シャツのシワ）。
   • 反応が遅い、または上の空である。
3. 業務遂行能力の低下（行動のサイン）
   • 今までしなかったような単純ミスをする。
   • 報告・連絡・相談が極端に減った。
   • 「眠れていない」「疲れが取れない」と漏らす。

これらのサインは、部下の「やる気」の問題ではなく、「エネルギー切れ」のSOSです。ここで「もっと頑張れ」と背中を押すことは、ガス欠の車を無理やり走らせる行為に他なりません。

あわせて読みたい：『ただ聞く』だけじゃない？部下の本音を引き出すアクティブ・リスニング（傾聴）入門

上司がやるべきは「治療」ではなく「つなぎ」。安全なリファーの技術

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上司の役割は診断や治療ではない。産業医や専門家につなぐ「リファー」こそが最大の支援であり、安全配慮義務を果たすことにもなる。具体的な声かけ例を紹介。

「カウンセリングが必要だ」と判断した時、多くの真面目な上司が抱える不安があります。
「私が話を聞いて、解決してあげなければならないのか？」
「素人の私が心の問題に踏み込んでいいのか？」

安心してください。上司であるあなたが、部下の心を治療する必要は全くありません。 むしろ、してはいけません。

上司の役割は「ラインケア」まで

厚生労働省が定める「ラインによるケア」において、上司（管理監督者）に求められているのは以下の2点だけです。

1. いつもと違う部下の変化に「気づく」こと
2. 産業医や専門家に適切に「つなぐ（リファーする）」こと

診断や治療は医師の領域です。あなたは「最近様子がおかしいから、専門家に診てもらおう」と背中を押す、交通整理役に徹すれば良いのです。これが、部下を守り、そして「安全配慮義務」を果たすという意味で、あなた自身と会社を守ることにもつながります。

あわせて読みたい：管理職が知っておくべきラインケアと安全配慮義務の基礎

そのまま使える！安全な「つなぎ」のトークスクリプト

では、具体的にどう声をかければ、部下を傷つけずに専門家へ誘導できるのでしょうか。

❌ NG例：診断・命令型

「君、最近うつ病っぽいよ。病院に行った方がいいんじゃないか？」

• なぜダメか: 素人判断での病名決めつけは、部下の反発を招きます。「自分は病気扱いされた」と信頼関係が崩れる原因になります。

⭕️ OK例：事実提示・I（アイ）メッセージ型

「最近、遅刻が増えているし、顔色も優れないように見えるけれど（事実）、夜は眠れているかい？（身体的質問）」

（部下：実はあまり眠れていなくて…）

「それは辛いね（共感）。私は君の体が心配だから（Iメッセージ）、一度産業医の先生に相談して、回復するためのアドバイスをもらってみないか？（提案） もし社内の窓口が使いにくいなら、外部のEAP（従業員支援プログラム）もあるから、そちらでも構わないよ。」

ポイントは、「元気？」ではなく「眠れている？」と聞くことです。
「元気？」と聞かれると、社会人は反射的に「大丈夫です」と答えてしまいます。しかし、睡眠という「身体の事実」であれば、部下も正直に答えやすく、客観的な不調のサインとして共有しやすくなります。

このような対話のスキルは、1on1ミーティングの進め方を体系的に学ぶことでより効果的に活用できます。

相談対応のポイントは、部下の話を聴くこと（傾聴）です。アドバイスをしようとせず、まずは部下の気持ちや言い分を十分に聴く姿勢を示しましょう。

出典: 15分でわかるラインによるケア – 厚生労働省

【一覧表】定義・資格・費用の違いまとめ

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定義、目的、手法、資格、費用の違いを一覧表で整理。リファー先を選ぶ際や、自分自身がサービスを受ける際の参考情報として提供する。

最後に、知識として「コーチング」と「カウンセリング」の一般的な違いを整理しておきましょう。部下をリファーする際や、あるいはあなた自身がプロのサポートを受けたい時の参考にしてください。なお、マネジメントシーンにおけるコーチング手法については、コーチングとティーチングの違いも併せて参考にしてください。

表のタイトル: コーチングとカウンセリングの比較まとめ

特に重要なのは「資格」です。メンタル不調の疑いがある場合は、必ず「公認心理師」や「臨床心理士」など、メンタルヘルスの専門トレーニングを受けた有資格者（または医療機関）につなぐようにしてください。

よくある質問 (FAQ)

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上司自身がカウンセラー役になることのリスクや、突発的な事態への対応法など、現場で生じる疑問に回答する。

Q. 上司がカウンセリングを勉強して、自分でやるのはありですか？

A. 「傾聴スキル」は必須ですが、「カウンセラー役」になるのはNGです。
上司には「評価者」としての役割があります。部下が「こんな弱音を吐いたら査定に響くかも」と警戒して本音を話せなかったり、逆に依存関係になって業務指導ができなくなったりするリスク（二重関係の禁止）があります。あくまで「話を聴いて、専門家につなぐ」役割に徹しましょう。

Q. 話を聞いている最中に、部下が泣き出してしまいました…。

A. 慌てず、静かに待ってください。
涙は、張り詰めていた緊張が解けた証拠（浄化作用）でもあります。「泣かないで」と止める必要はありません。ティッシュを渡し、「ゆっくりでいいよ」と伝えて、落ち着くまで沈黙を共有してください。それだけで、部下は「受け止めてもらえた」と感じます。

まとめ：上司の仕事は「聴くこと」と「つなぐこと」

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

部下が沈黙してしまったあの日、あなたは「何か良いアドバイスをしなければ」と焦っていたのかもしれません。でも、ここまで読んだあなたなら、もうお分かりでしょう。

弱っている部下に必要なのは、優れたアドバイスでも、力強い励ましでもありません。
ただ、「辛い」という現状を否定せずに聴いてくれる、安全な場所です。

• 部下の顔色が悪いなと思ったら、「眠れている？」と声をかける。
• 話を聞いて、自分の手に負えないと感じたら、迷わず専門家につなぐ。

それだけで、あなたは十分に上司としての責任を果たしています。
まずは明日の朝、部下の顔を見て挨拶することから始めてみませんか？その小さな「観察」が、部下を守る第一歩になるはずです。