コーチングとティーチングの違いとは？部下の成長を加速させる「使い分け」の判断基準

こんにちは、組織開発コンサルタントの高橋誠です。

「部下に答えを教えてはいけない」。

新任マネージャー時代の私は、この言葉に強く縛られていました。右も左も分からない新人に「君はどうしたい？」と問い詰め、長い沈黙を作ってしまった苦い経験があります。あの時の部下の困惑した表情は、今でも忘れられません。

現場は待ってくれません。時には「教える」ことが、部下にとって最大の救いになり、成長の起爆剤になるのです。

Web業界で15年、プレイングマネージャーとして現場の泥臭い課題と向き合い続けてきた私が断言します。コーチングとティーチングは対立するものではなく、部下の成熟度に合わせて使い分ける「車の両輪」です。

この記事では、教科書的な定義論ではなく、明日からの1on1で使える「具体的な使い分けの判断基準（SL理論）」と、忙しいプレイングマネージャーのための「ハイブリッド指導法」を解説します。

読み終える頃には、「今は教える時」「今は聞く時」と自信を持って判断できるようになり、部下育成の迷いとストレスから解放されているはずです。

そもそも何が違う？「対立」ではなく「役割」で理解する

👉 このパートをまとめると！
ティーチングは「答えを教え、型を作る」こと。コーチングは「答えを引き出し、枠を広げる」こと。どちらも不可欠な機能です。

まず、「ティーチング＝古くて悪いやり方」「コーチング＝新しくて良いやり方」という誤解を解きましょう。

世界的な経営誌『Harvard Business Review』において、ダートマス大学のシドニー・フィンケルシュタイン教授は、「最高のリーダーは優れた教師である（The Best Leaders Are Great Teachers）」と結論づけています。

優れたリーダーは、部下に直接教える時間を惜しみません。彼らは「教えること」を通じて、部下との信頼関係を築き、ビジネスの勘所を伝授しています。

出典: The Best Leaders Are Great Teachers – Harvard Business Review, 2018

つまり、適切に教えること（ティーチング）は、部下との信頼関係（ラポール）を築くための最短ルートなのです。信頼関係がない状態で「君はどう思う？」と聞いても、部下は「試されている」と感じて警戒するだけです。

現場のマネージャーにとって重要なのは、どちらが優れているかという議論ではなく、「今の目的は何か？」によって道具を持ち替えることです。以下の比較表で、その機能的な違いを整理しました。

表のタイトル: 現場視点で見るコーチングとティーチングの機能的違い

このように、ティーチングとコーチングは相互に補完し合う関係にあります。ティーチングで「型」を作り、コーチングでその「型」を破らせる（応用させる）。 この順序とバランスこそが、育成の要諦です。

迷いを断つ判断基準！SL理論に基づく「4つの指導スタイル」

👉 このパートをまとめると！
部下の「能力」と「意欲」のマトリクス（SL理論）で、指示型・説得型・参加型・委任型の4つを使い分けるのが正解です。

では、具体的に「いつ、どちらを使えばいいのか？」という疑問にお答えします。ここで強力な武器となるのが、ケン・ブランチャードらが提唱した「SL理論（Situational Leadership Theory：状況対応型リーダーシップ）」です。

SL理論は、部下の成熟度（能力×意欲）に応じて、最適な指導スタイルを決定するフレームワークです。SL理論を使えば、「なんとなく」ではなく、論理的な根拠を持って指導法を選択できるようになります。

表のタイトル: 部下の成熟度別・指導スタイルマップ (SL理論)

この表を頭に入れた上で、あなたのチームのメンバーを当てはめてみましょう。

ケーススタディ：新人A君と中堅Bさん

• 新人A君（配属1ヶ月目）：
  • 状態: やる気はあるが、業務知識はゼロ（能力低・意欲高）。
  • 正解: S1 指示型（徹底的なティーチング）
  • 解説: 新人A君に対して「君はどうしたい？」とコーチングをしてはいけません。業務知識のない新人は答えを持っていません。まずは業務の手順、ルール、コツを具体的に教え込むことが、彼の不安を取り除き、成長を加速させます。
• 中堅Bさん（入社5年目）：
  • 状態: 実力はあるが、最近マンネリ気味で提案が少ない（能力高・意欲停滞）。
  • 正解: S3 参加型（コーチング主体）
  • 解説: 彼女に細かく指示を出すと、「マイクロマネジメントだ」と感じてやる気を失います。「このプロジェクト、Bさんならどう進める？」「懸念点はどこだと思う？」と問いかけ、彼女の知見を引き出すことで、当事者意識と意欲を再点火させます。

このように、SL理論は「使い分け基準」そのものです。相手を見ずに「コーチングが良い」と決めつけるのは、風邪の人に骨折の治療をするようなものです。目の前の部下の状態を診断し、処方箋（指導法）を変えることこそが、マネージャーの専門性なのです。

明日から使える実践術！プレイングマネージャーのための「ハイブリッド指導法」

👉 このパートをまとめると！
最初はティーチング8割で「型」を教え、徐々にコーチング比率を上げましょう。沈黙は3秒待ち、ダメなら助け舟を出してOKです。

理論は分かりましたが、忙しい現場でどう実践するか。プレイングマネージャーであるあなたは、悠長に1時間のコーチングセッションをする時間は取れないかもしれません。

そこで推奨するのが、「ハイブリッド指導法」です。

1. 「トヨタのカタ」に学ぶ、型から入る育成

トヨタ自動車には、「改善のカタ」と呼ばれる育成手法があります。これは、上司が部下に対して決まった質問（型）を繰り返し、部下に科学的な思考プロセスを徹底的に叩き込む（ティーチングする）手法です。

トヨタのリーダーは、部下に「型（Kata）」を反復練習させることで、最終的に自律的な問題解決ができる状態へと導きます。最初は教え、徐々に考えさせるのです。

出典: Kata – A Resource Guide – Lean Enterprise Institute

最初は「こう考えて、次にこうするんだ」と思考の型をティーチングしてください。型が身につけば、部下は勝手にその型を使って考え始めます。その時初めて、あなたは「聞く」側に回ればよいのです。

2. 1on1での「沈黙」への対処法

コーチングを実践しようとして、多くのマネージャーが直面するのが「質問しても部下が黙ってしまう」という恐怖です。

このように、0か100かで考える必要はありません。「質問して、詰まったら教える。教えたら、また感想を聞く」。この小刻みなスイッチの切り替えこそが、現場で機能するハイブリッドな関わり方です。

よくある質問（FAQ）

👉 このパートをまとめると！
メンタリングは「精神的支援」、カウンセリングは「マイナスからの回復」。コーチングが機能しない部下への対処法も解説します。

現場のマネージャーから頻繁にいただく質問にお答えします。

Q. メンタリングやカウンセリングとはどう違うのですか？

A. 焦点と目的が異なります。

• メンタリング: 経験豊富な先輩（メンター）が、キャリアや人生観を含めた「精神的・包括的な支援」を行うこと。対話の範囲が業務に限定されません。
• カウンセリング: 心の悩みや不調を抱える相手に対し、「マイナスからゼロへの回復」を支援すること。
• コーチング/ティーチング: 主に業務遂行能力や目標達成に向けた「ゼロからプラスへの成長」を支援すること。

Q. コーチングしても「わかりません」「教えてください」とばかり言われます。

A. まだ「インプット」が足りていないサインです。
無理に考えさせようとせず、潔くティーチングに戻りましょう。「判断材料」や「経験」が不足している状態で考えさせるのは酷です。必要な知識を与えた上で、「今の話を聞いて、どこが一番難しそうだった？」と小さな質問（感想）から始めるのがコツです。

Q. トラブル発生時などの緊急時はどうすればいいですか？

A. 迷わず「指示（ティーチング）」してください。
火事場で「君はどう消火したい？」と聞くリーダーはいません。緊急時やリスクが高い場面では、SL理論の「S1 指示型」が唯一の正解です。事態が収束した後で、「あの時、なぜあの指示を出したと思う？」と振り返り（リフレクション）を行うことで、学習効果を高めることができます。

まとめ：罪悪感を捨て、部下に最適な「帽子」を被り直そう

最後に、もう一度お伝えします。「教えること」に罪悪感を持つ必要は全くありません。

リクルートマネジメントソリューションズの調査によれば、上司は「伝えているつもり」でも、部下の半数は「伝わっていない」と感じているというデータもあります。

出典: 上司・部下間コミュニケーションに関する実態調査 – リクルートマネジメントソリューションズ, 2021

言葉を尽くして教え（ティーチング）、相手の理解度を確認し、徐々に考えさせる（コーチング）。ティーチングとコーチングを段階的に使い分けるプロセスを丁寧に行うことだけが、遠回りのようでいて、自走する部下を育てる最短の道です。

明日からの1on1では、目の前の部下が今どのフェーズにいるのか（SL理論）を観察し、「先生の帽子」を被るか、「コーチの帽子」を被るか、意識的に選んでみてください。その迷いのない態度は、きっと部下に安心感を与え、チームの空気を変えていくはずです。